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迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか
シャロン モアレム (著), ジョナサン プリンス (著), 矢野 真千子 (翻訳)
さて、最初に紹介する本を探してわが小さな町の図書館に行き、機械仕掛け人形のようなカウンターの係員に僅かに挨拶をして、誇張でなく本当に短い書架の間に立つことになった。図書館の本たちは当然ながら、書架の何割かはなんらかの運命で貸し出されており、毎回同じメンバーではない。この本、「迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか」はそうしてスルリと手にした本だ。
作者は進化医学研究者でありNYタイムスのコラムニストでもある、シャロン モアレム。扱う内容が遺伝子や最新の進化論にもかかわらず、文章が上手くエピソード中心に話が進むため一気に読めてしまう。翻訳者の矢野 真千子氏の力にも寄るのだろう。
最初のエピソードは彼自身の体験による。作者が15才の時、彼の祖父がアルツハイマー病に罹ってしまうが、この祖父には奇妙な習慣があった。それは定期的な献血を通して瀉血(古代からある治療法)を行い健康を保つという。作者はこの行為とアルツハイマー病に何らかの関連があると直感し、これを解明したいと大学の生物学専攻と進む。研究の結果、祖父の瀉血行為は本人の血液鉄分が過剰である遺伝体質ヘモクレマトーシスが原因であり、それがアルツハイマー発病の大きな要因であったことが判明する。
この体験により、「なぜ有害な遺伝子が残っているのか?」という大きな疑問が作者に生まれたのだ。「人間を弱らせる遺伝子が、なぜ何千年も遺伝子プールにとどまっているのか」という事実に向かい合って、作者なりの科学的仮説を提示し、最後にはもっと大きなテーマに辿り着くのが本書だ。
まず、鉄分過剰遺伝体質ヘモクレマトーシスについて答えを示すと、それは中世の伝染病ペストに生き残るための遺伝子的選択だったのだと言う。誤解を承知でザックリ要約すると、この遺伝体質の人が一定数いたので2500万人もの犠牲者を出した中世のペスト禍を人々は生き抜くことができたのだ。ヘモクレマトーシスにより中年以降に死んだとしても、それ以前にペストを生き延びるほうが、はるかに人類としては有利なことだったのだ。
病気に関する遺伝子の話題から離れても、かなり興味深い最近の研究結果が紹介されている。それは「脳の発生初期段階でジャンピング遺伝子が爆発的に活性化する」という現象だ。ジャンピング遺伝子?それなに?我々に理解できる表現に直すとこうなる。「多様な個性を生み出すために、赤ちゃんの遺伝子達はお母さんのおなかの中でジャンプ・パーティを開いている」。古くからの経験則だけでなく、DNA研究の最新成果としても胎児と生きる女性の体内では新しい命を育む大切な時間が流れているようだ。参考文献
ウィルスの存在についても、作者は大きく踏み込んでポジティブな面を強調する。人のDNAにかなりの割合を占めるウィルス由来の遺伝子に、これまでの人類の進化を認める。そしてウィルスとの共存がなければ、現在得ている進化の結果すら考えられない=今日に我々はない、というのだ。
最後の1ページで作者は、それまでの議論をもう一度総括する。そして最後にこの文章で終わりとなる。
「ともかく、すべては疑問を投げかけることからはじまる。それなしに解決策は見つからない。」
-- 2016/6/10作成 --
