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アップルを創った怪物 もうひとりの創業者ウォズニアック自伝
スティーブ・ウォズニアック (著)
Googleと時価総額世界一を争うApple社が二人のスティーブによって40年前に設立された事は今や誤解されているかもしれない。え?スティーブ・ジョブスが一人で始めたんじゃないの?と。
1976年に設立されたApple社はスティーブ・ウォズニアックが設計した小さなボードコンピュータを販売する目的でもうひとりのスティーブ、スティーブ・ジョブズと二人でスタートした。初めは何しろ回路図は無償配布していたのだというから、驚きだ。パソコンが未だ世にない時代、ビジネスの成功が動機でなく単に自分の手でコンピュータを作り上げるのだ、という当時の強い思いがこの自伝からは伝わってくる。
私は1976年当時、田舎の大学の電気工学科にいたのでリアルタイムで彼らが販売していた組み立てキット・コンピュータの事はトランジスタ技術という雑誌の広告で知ってはいたが、1ドル360円時代の事、とんでもなく高価がったことを覚えている。無機質な製品名がほとんどのボードコンピュータの中にあってアップルという社名は目立っていた。電気科の中でも事情通と思しき級友に高価さの理由を訊くと「そりゃアップル製だから」と幾分興奮気味に答えてくれた。そんなわけで、この妙に目立つコンピュータがひとりの設計者(ウォズニアック)により全てを隈なく作り上げられた事など知る由もなかった。
40年後改めて彼の自伝を読み、個人が所有するコンピュータ(今ではスマホとも呼ぶが)がエンジニアの手作りによって愛情を込めて命を吹き込まれ誕生した歴史を確認する事ができた。レベルは圧倒的に違うかもしれないが、同じエンジニアとして存在意義をもう一度認められたような気分を味わえて幸せだ。
Apple社での成功後(資産は当時一億ドル以上)、彼は自前でロックフェスを開催する。そう、あのウッドストックがお手本だったと自伝にはハッキリ書いてある。コンサートは82年と83年に開催され、2回とも1200万ドルの損失を出しているが頓着していない。エンジニアだね、これこそエンジニアです。ただ私自身は、このロックフェスについては記憶が全くない。ヒッピームーブメントが消えた82年当時に、ウッドストックと同じコンセプトで企画してもインパクトがなかったのだろう。
無名時代に戻って、ウォズニアックが当時ヒッピーとの付き合いについて語っている部分がある。「僕はヒッピーになろうとしたけど、なれなかった。(中略)僕はドラッグをやらないんで断れてしまうんだ。」酒もドラッグも好きではないウォズニアックは、ヒッピーのラブアンドピースには同調しながら、結局のところ離れてしまう。自伝では理由はドラッグが壁となったと書いてあるが、同じエンジニアである私には決定的な理由は別にあるように思える。最終章「人生の法則」の中で、「世界は白黒なんかじゃない、白と黒の間に様々な濃さのグレーがある。」と直ぐに白か黒かを決めたがる事に警告している。そんな予断が可能性を阻んでいるのだと。ヒッピーの仲間になるには、自由になるようで逆に強い同調圧力を越える事が必要となる。白を白と認めなければ仲間に入れてもらえない。ウォズニアックがエンジニアである事を選び、ヒッピーにはならなかったのはグレーを愛したことが本当の理由ではないだろうか。
-- 2016/7/3作成 --
